人物

文野直樹の経歴やプロフィール!大阪王将会長の生い立ちも調査!




全国餃子チェーン店の一つ、大阪王将文野直樹さんをご存じですか?

今、コロナ禍で外食産業の売り上げが落ち込んでいる中でも、成長を続けている大阪王将

この大阪王将を長年支え続けているのが、文野直樹(ふみのなおき)さんです。

文野さんは、今や大阪王将などを傘下に置く、

株式会社イートアンドホールディングスの代表取締役会長です!

そこで今回は、

「文野直樹の経歴やプロフィール!大阪王将会長の生い立ちも調査!」

と題し、文野さんの経歴やプロフィール、生い立ちをまとめていきたいと思います!

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文野直樹の経歴やプロフィールは?

それでは早速、文野直樹さんの経歴やプロフィールを見ていきましょう!

 

文野直樹のプロフィール

  • 名前: 文野直樹(ふみのなおき)
  • 出身地:高知県中村市(現四万十市)
  • 誕生日:1959年11月29日(61歳)
  • 血液型:O型
  • 大阪学院大学経営学部中退
  • 株式会社イートアンドホールディングス 代表取締役会長CEO

文野直樹の経歴

文野さんの出身地は高知県中村市ですが、2歳のときに大阪に移っています。

以来大阪で育ち、父が創業した大阪王将小学校5年生のときから手伝ってきました。

大阪王将は初めこそバラエティーに富んだメニューでしたが、

後に餃子専門店となり、父が積極的に「のれん分け」をして店舗数を増やしていました。

文野少年はただ手伝うだけではなく、父の後ろ姿を見て商売のやり方も学んできたのでしょう。

なんと16歳から店長を任されます!

16歳といえば、高校1、2年生の頃。放課後は遊びたい盛りではないしょうか?

よっぽど責任感があり、すでに経営能力を発揮していたのでしょうね!

 

その後、大阪王将大阪王将食品株式会社として新たなスタートを切ったころ、

文野さんは大学に進学をするかどうか悩んでいました。

商売というものにとても魅力を感じていたからです。

結局、大阪学院大学経営学部に進んだものの、すぐに中退しています。

 

そして20歳のときに、父親から5,000万円を借りて東海の三河で東海王将を起業しました。

大阪王将は駅前の餃子専門店となっていましたが、

東海王将はラーメンやチャーハンもあるフルメニューの郊外型店舗を

3、4年で10店舗出店したそうです。

 

文野さんが25歳になったころ、大阪王将の社長である父親から帰ってきてはどうかと声がかかります。

そして1985年、文野さんが25歳のときに大阪王将2代目社長として就任しました。

25歳で社長になるのは若いようにも思いますが、16歳から店長として大阪王将を見てきているので、

十分力は備わっているでしょうね!

しかし、そのときには大阪王将の餃子専門店というビジネスモデルが時代遅れになってきていたのです。

 

このままではまずいと思っていた文野さんは、大阪王将が加盟店の本部であるにもかかわらず、

なんとモスバーガーのフランチャイズ店を出店!

文野さんは、加盟店のオーナーたちからは文句を言われつつも、モスバーガーを展開する

株式会社モスフードサービスからフランチャイズ事業の経営の在り方を学んだのでした。

 

そして大阪王将は返り咲きます。

餃子専門店からフルメニューの店舗へ、駅前店からロードサイド店へ。

外食産業だけではなく、1993年には冷凍食品販売も開始しています。

その後、らーめん屋の「よってこや」カフェの「コートロザリアン」を展開。

更には、香港やタイ、シンガポールなどアジア圏に進出していきます。

現在は、大阪、東京にオフィスを構え、東証一部上場も果たしています!

文野直樹の生い立ち、現在は?

文野さんがこのように柔軟性を持ち、父親から継いだ店を立て直すことができたのは、

なぜなのでしょう?

さて、気になる文野さんの生い立ち、そして現在を見ていきましょう!

文野直樹の生い立ち

文野直樹さんは、1959年11月29日高知県中村市(現在の四万十市)に生まれました。

そして2歳のときには、大阪に移っています。

 

文野さんのお父さんは大阪王将創業者である文野新造(ふみのしんぞう)さんです。

新造さんはサラリーマンから転身して、1969年に大阪市のJR京橋駅に一号店を開店。

テーブル、カウンター合わせて12席、わずか5坪の店舗でした。

ここで、文野直樹さんは小学生の頃から手伝いをしていました。

文野さんには3歳離れたお姉さんが一人いるので、一緒に学校帰りに寄っていたのかもしれませんね!

そして16歳には父の経営する大阪王将の店長になっています。

店を任されるなんて、きっと父の新造さんからもとても信頼されていたのでしょうね!

文野さんは、10代の頃から学業の他に、経営を学び、実践してきているので、

コミュニケーション能力や人間観察能力も長けていたのかもしれません。

文野直樹の現在

社長に就任して、大阪王将の経営がまた波に乗ってきたころから、

文野さんは、いろいろなスポーツを始めます。

40歳からはボクシングを5年間。

45歳からは10年間、マラソン愛好会に入り、フルマラソンに出ていました。

更には、53歳で社交ダンスを始め、55歳からはサーフィンもしているそうです!

 

なぜ、このように趣味の幅を広げているのでしょうか?

それは、身体を動かすことでリフレッシュ効果もあるけれど、

何より人とのコミュニケーションを大事にされているとのこと。

会長と社員という立場ではなく、趣味のコミュニティで自分より上の人から教えてもらうことで、

謙虚な気持ちや初心を取り戻せるのだそうです。

子供のときから、大人になり、年を重ねた今でもそういう気持ちを持ち続けられるのは素敵ですよね!



まとめ

以上「文野直樹の経歴やプロフィール!大阪王将会長の生い立ちも調査!」をご紹介しました。

 

10代の頃から父の姿を見て成長してきた文野さんの経営能力はすばらしいですね!

社長、会長と立場が変わっても、謙虚な気持ちを持ち続けることは見習いたいものです。

 

全国チェーンの会長ともなると、雲の上の存在のようですが、

趣味をたくさん広げ、仲間と情報交換をしていると思うととても身近に感じますね!

 

それでは今回は以上となります。

最後までお読みいただきありがとうございました。

 

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